窪田 由紀 先生

第6回 Aちゃんのこと

平成18年10月1日

 最終回の今回は、今、きらきらと輝いているAちゃんのことを書きたいと思います。

 「大丈夫、私が見ていてあげるから!」「うん」。Aちゃんは部屋の中に持ち込んでいたスニーカーを手に窓から外に出ると、誰もいないのを確認してから校門目指して急ぎます。門のところで振り返って私に小さく手を振るとそそくさと帰って行きました。

 中学1年生の2学期から学校に通うことが難しくなったAちゃんは、その後はほとんど登校できないまま中学3年生になっていました。不登校生徒への理解が深かった教頭先生のご紹介で、その春からスクールカウンセラーとしてAちゃんが在籍する中学校に出向くようになった私との関わりが始まりました。

 初めはお母さまの陰に隠れるようにしていて、質問されてもすぐにお母さまの顔を窺っていたAちゃんでしたが、次第にAちゃんの気持ちを代弁するお母さまに異を唱え、自分の気持ちを何とか言葉にしようとし始めました。カウンセリングルームに1人で来るようになってしばらくは、冒頭に書いたように、周囲の目を気にしてびくびくしていましたが、私との面接の中では、時間をかけて自分の気持ちにぴったりくる言葉を探す作業を重ねて行きました。卒業が近づいたある日、突然Aちゃんは「ぼく、本当は音楽がやりたんだ!」と小5の時から誰にも話さずいた思いを口にしました。
その後のご家族との辛抱強いやりとりを経て、Aちゃんは中学卒業後、県外の不登校生徒対象の全寮制の高校で音楽を学ぶことを決め、旅立って行きました。音楽に必要だからと英語の勉強もほぼ一から始めたとも聞きました。

 やがてAちゃんは高校の音楽コースでシンセサイザーを駆使して曲作りを始めます。それまで十分に蓄えてきたエネルギーが一挙に溢れだし、数々のオリジナル曲が生まれます。高校を卒業した年の秋、Aちゃんはミニ・コンサートを企画してそれらを私たちに披露してくれました。訥々とした話しぶりに昔ながらの繊細な感性が感じられるものの、楽器を前にしたAちゃんは堂々としたミュージシャンぶりでした。案内状の作成、会場、音楽機器の借用や演奏の助っ人探しや交渉も1人でやったとのことでした。

 現在、Aちゃんは単身上京し、バイトをしながらさらなる飛躍を目指しています。今年の6月にはドラクエのメインテーマのトランスリミックスやオリジナル曲が数曲、着うたやiTunesから配信され始めました。
 窓からこっそり逃げ帰っていたAちゃんが遠くで1人で道を切り開いていると思うと感慨も一入です。好きなことに出会うこと、夢を追い続けることで、人はどれだけ成長し、輝くことができるかを教えてくれたAちゃんとそんなAちゃんを一貫して見守り、支え続けて来られたお母さまにこころから敬意を表すると共に、今回このような形でご紹介することをご快諾いただいたことに感謝いたします。

 半年間、揺れ動く思春期の子どもたちについてご一緒に考えてきました。多少なりとも参考にしていただけたなら嬉しく思います。また機会があればどこかでお会いしましょう。

第5回 怒りを増殖させないために

平成18年9月3日

 このところ最も身近で大切な筈の家族を、思春期の子どもが自らの手を下して死に至らしめるという痛ましいニュースが続きました。報道を通じて知る限り、その背景には怒りがあるようです。勉強について厳しく叱られた、冷たくされた、自分の意に反したことをされた、といった動機が語られたと言います。確かにそのようなことがあれば、「ムカつく」というのはわからないではありませんが、だからといって直ちに家族を殺めてしまうというのはあまりに短絡的です。爆発した怒りは、決して今回語られたことによるものだけではなく、長年誰にも語られずに貯め込まれたものだと考えざるを得ません。

 両親への怒りから自宅に放火して弟を焼死させてしまった少年の通う学校の校長が「悩みがあれば担任に相談してくれれば良かったのに」とコメントしたとの新聞記事を読みましたが、それができなかったからこそ、このような痛ましい事態が生じてしまったのでしょう。

 ところで「死とその過程」についての実践と研究で著名なキューブラ・ロスは、人間の自然な感情は「恐怖、怒り、悲しみ、ねたみ、愛」の5つであると言っています。否定的な感情であっても自然に表現され、受け止められる限り、人は自ら立ち上がり回復することができる力を持っているのですが、多くの場合6歳頃までにはこれらの感情が不自然な形に歪められてしまうと指摘しています。大人は自分自身が辛いためにしばしば子どもが恐怖、怒り、悲しみ、妬みといった否定的な感情の表現を妨げてしまいます。結果としてそのような否定的な感情はこころの奥深くに封じこめられ、後の人生で否定的な出来事を体験するたびに増殖していくことになります。

 こうして増殖しマグマのように沸々とたぎっている否定的な感情は、思春期になってこころと身体のバランスが崩れる時期にちょっとしたきっかけで一挙に爆発・行動化してしまったと考えられます。
 「怒りの処理には15秒、ただ『嫌だ』と口に出せばよい」とは前述したロスの言葉です。子どもが安心して「嫌だ」と言えるためには、大人が少々のことには動じず、子どものありのままの表現を受け止める力を鍛える必要がありますね。

第4回 夏休み、子どもとのコミュニケーション促進大作戦!

平成18年8月3日

 福岡は梅雨明けとともに猛暑に突入し、朝からセミが元気いっぱいに鳴いています。短い蝉生(人生ではなく!)なので、うるさいと言わずにいましょうね。
 夏休みになり、私が住んでいる地域でも毎朝ラジオ体操が始まりました。子どもたちは部活動や塾、地域の行事などへの参加で結構忙しそうですが、それでもいつもに較べれば家族と共に過ごす時間も多くなってきます。
 日頃は互いの忙しさのあまり、必要最低限のことばを交わすことしかできずにいるご家族にとって、夏休み期間は親子(夫婦!?)のコミュニケーションを回復する貴重なチャンスでもあります。そうは言っても、思春期になれば部活の練習が忙しくて時間が取れないというだけでなく、そもそも親と一緒の外出を嫌がっているように見えることも少なくありません。また、日頃は生活全般について口を開けば小言ばかりいっているのに、急に何を話せばいいのか戸惑ってしまうかもしれせん。
 そこで、ちょっと立ち止まって知恵を絞りましょう。

<子どもへの思いを伝えましょう>
 「絶対見に来たらいかん!」。これは部活の試合を前に中学生がよく親にいう台詞ですね。ご経験済みの方も少なくないでしょう。(私自身長男からも二男からも言われました!)そう言っておきながら、観客席に親の姿を捜していたなんて話も少なくありません。子どもは100%親の関心を必要としています。ただ、「いつまでも親に頼っている自分を友だちに見られるのが格好悪い」と感じているから出てくる台詞です。「私はあなたの頑張っている姿を見たいんだよ」と宣言し、それでも嫌がるなら「見つからないようにしてでも見たい」親の思いを伝えましょう。

<省エネ大作戦>
 改めて構えて「コミュニケーションを取るぞ」なんてやっても不自然なばかり、何気ない会話を交わすなかから、思いがけないホンネが飛び出したりしますね。何となく一緒に過ごす時間こそ大切です。
 こう暑いとエアコンなしでは辛いもの。日頃は食後自室に引き上げることが多かった家族も、エアコンが入った涼しい部屋に集まって来ます。それぞれ思い思いにテレビを見たり、漫画を読んだり、時には宿題をしたりしながら同じ部屋で過ごすひとときを大切にしましょう。エアコン完備の子ども部屋なら、「勿体ないので居間のエアコンは消したから」と涼しい部屋に押しかけてみるのも良いかもしれません。省エネとコミュニケーションと一石二鳥というわけです。

第3回 こころの仕組み

平成18年7月2日

  毎週金曜日の朝、私はスクールカウンセラーとしてある中学校の集中下足センターの前に立ち、登校してくる中学生に朝の挨拶をします。友だちと連れだっておしゃべりに夢中な子、いつも遅刻ギリギリに走り込む子、重い鞄を抱えて朝からすでに足取りが重い子、服装違反を注意されるのがわかっていながら毎回先生の前に現れる子、元気よく挨拶をしてくれる子、目をそらしてそそくさと走り抜ける子、とさまざまです。

 AさんはいつもBさんと一緒に楽しそうに登校していたのに、今日は1人で下を向いてやってきました。担任の先生によれば、今週の水、木と学校を休んでいて今日3日ぶりに登校したとのこと。先生に勧められて放課後相談室にやってきたAさんは、火曜日の夕方近くのスーパーで会ったBさんが「黙って通り過ぎた」ため、「無視されたと思った」ので「辛い気持ちになって」学校に「来れなくなった」と言うのです。

  Bさんが「黙って通り過ぎた」という出来事(事実)に対して、Aさんは、「無視された」と思ったので、辛い気持ちになっています。しかし、Bさんは本当にAさんを無視したのでしょうか?他に気を取られていただけかもしれないし、疲れてぼーっとしていただけかもしれませんね。「気づかなかったのだろう」と思えば、「辛い気持ち」になることもなく、学校に「来れなくなる」こともなかったでしょう。

  このように「Aさんが通り過ぎた」という同じ出来事を体験しても、受け取り方-「無視された」と思うか、「気づかなかった」と思うか-によって、気持ちが違ってきて-「辛い気持ち」になるかどうか-、その後の行動-諦めて関係を切るかもう1度声をかけてみるか-が異なります。

  私たちの気持ち行動を左右するのは、実は出来事そのものではなくてそれをどのように捉えたかという受け取り方です。外から見えるのは、出来事行動だけで、これくらいの出来事でどうしてこんな行動を取るのかが理解しがたいことも多いのですが、「無視されたと思ったのかな」というように受け取り方を想像して考えてみると、随分わかりやすくなります。

  通常わたしたちがこころと呼んでいるものの仕組みは、外からは見えないものごとの受け取り方によって気持ちが決まるという過程ということができます

 

 

第2回 子どもたちのさまざまな語り

平成18年6月1日

 玄関のドアが開いたかと思うと、ドサッと鞄を投げ出す音が聞こえます。「今日は何か嫌なことがあったのかな?」。案の定、「お帰り」の声かけにもはかばかしく返事をしないまま、彼は階段を駆け上がって行きました。長男が中学2年生の頃、台所で夕飯の支度をしながらその日の彼の機嫌を鞄を投げ出す音で判断していたことを思い出します。

 Aさんは、微熱が続いている中学1のお子さんのことを心配して相談に見えました。かかりつけ医に受診しても特に異常は発見されないままもう3週間にもなるとのこと。「それ以外は特に変わったことはないのだけれど」とAさんは首をかしげておられます。

 中3のB君は毎晩のように部活仲間にちょっかいをかけられることを悔やむとのこと。顧問の先生への相談を勧めても断固として拒否するばかり、それなら自分で解決できるかというとそれも難しいらしく、同じ話を毎日のように聞かされるお母様自身、どう対応してよいか困惑しておられました。

 子どもたちの世界も楽しいことばかりではありません。学校では友達との間で、先生との間で、勉強のことで、部活のことで、さまざまな壁にぶつかり、悩みを抱えます。自分自身の能力に自信をなくしたり、自分が人と違っているのではないかと気になったりすることもあります。子どもはさまざまな語りを通してこのような悩みや苦しみを表現してきます。B君のように文字通りの「言葉」で語ってくれると、少なくとも何を体験しているのかは見えるのですが、中2の頃の長男のように「鞄を投げ出すという行動」で語ったり、Aさんのお子さんのように「(身体が」微熱を出す」という形で語られると、子どもの体験を理解すること自体が難しくなります。

 さまざまな形で表現される子どもの語りを理解するには、大人自身が安定して子どもを受け止めるゆとりを持つ必要があります。さらにパワーアップするためのこころの仕組みについての多少の知識と話の聴き方についてのちょっとした技については次回に譲ります。

第1回「思春期の子どもって?」

平成18年4月29日

<身体の変化・成長>
 第二次性徴が出現することで思春期が始まります。乳房の発育や声変わり・発毛、初経や精通を迎え、性機能が成熟する時期です。それに伴って、身長や体重の大幅な増加も起こります。これらの変化は、早い子では小学校4~5年から、遅い子では中学校2,3年といったように、個人差が大きいのももう一つの特徴です。この個人差の大きさは、この時期の子どもにとって、「自分の身体が人と違っている」「自分はおかしいのでは」という大きな悩みに繋がりがちです。

<友人関係の変化>
 同世代の友人の重要性が非常に高まってきます。以前は何でも親に話していた子どもが秘密を持つようになり、友人と過ごす時間を優先するようになります。このように友人関係が重要になるだけに、友だちに嫌われることを怖れてホンネが出せないという悩みは決して少なくありません。

<大人との関係の変化>
 物事を認識したり判断したりする力が発達するに伴い、大人の言動を批判的に見るようになります。また、体力でも知識でも大人に負けないという自負から、もう一人前だと大人の口出しを過度に嫌がるようにもなります。

 さまざまな変化に子ども自身が戸惑うことが多いにもかかわらず、自分自身・友人・大人との関係が揺らぎ、どのように対処して良いかわからないというのが、思春期の子どもです。次回からはもう少し具体的にこの時期の子どもの姿と大人の向き合い方について考えてみたいと思います。