田上 裕子先生

4.コロナとともに安心して生活できる家庭をめざすには

令和2年11月17日(火)

 生活の中に「コロナ」という単語が頻繁に使われるようになって、半年以上が過ぎました。初めは、よくわからないウイルスに対する不安や緊張があり、皆さんの暮らしの中で気にしなければならないこともたくさんあったかと思いますが、今は少し落ち着きを取り戻しているのではないでしょうか。

 さて、前回、前々回と相談に訪れた子どもさんと、そのご家族についてお話しをしてまいりましたが、皆さんは何かを感じたり、考えたりすることがあったでしょうか。前回ご紹介したゆうたくん(仮名)は、幼稚園に通う中で、規則正しいリズムで過ごしていたのが、緊急事態宣言によって乱れてしまったことと、スマホで動画を観て過ごすことが多くなったことで、かつての落ち着きをなくしてしまっていました。コロナ禍においては、家族が家庭で過ごす時間が多くなり、持て余した時間をメディアに頼ってしまうことが多くあったのではないかと思います。

 ゲームや動画、テレビ番組などはそれ自体が悪影響を及ぼすものではなく、好奇心を刺激したり、情報を獲得したり、ストレス解消になったりすることもあります。ただ、小さな子どもさんたちが長時間メディアに触れることは、コミュニケーションの方法がわからなくなってしまったり、他に楽しいことが見つけられなくなったり、夜に眠れなくなったり、ゆうたくんのように落ち着きがなくなってしまったりと、色々な影響が出てくることも確かだと相談の現場で感じることは多々あります。ですので、全く触れさせない、のではなく、家族みんなで家庭のルールを考えることや上手く付き合っていく方法を考えるチャンスにして欲しいと思っています。

 最後になりますが、発達相談という仕事をしていると子どもさんの育ちは未知のもので、一人ひとりの子どもさんたちが、本来持っている可能性を花開かせていく姿は感慨深いものだと日々感じています。これをお読みになっている皆さんにお伝えしたいのは、子どもさんはたくさんの人との出会いの中で大きく成長を遂げていきます。ですので、子どもさんの成長や発達の中で、疑問に思うことや不安を感じることがあれば、ぜひ誰かに相談してみる、ということから始めてみてはどうでしょうか。しかし、誰かに相談すると、色々な人が色々なことを言うので、混乱してしまうという方もおられると思いますが、私たちのような専門家への相談も、今は敷居の高いものではなくなっています。子どもさんの成長発達には、ご家族が少しでも安心して育ちを見守れることが大切で、ご家族が気軽に相談出来る人が増えてくると、子どもさんの育ちの応援団のようなものが結成されて、逆にこころ強いのではないかと日々の相談の中で感じるところです。

 コロナ禍の状況はまだ続いて、日常生活の一部になっていく様相ですが、子どもさんを取り巻くご家族が少しでも安心した暮らしを送れるよう願っております。

3.乳幼児期の子どもをもつ家庭へ、「メディアの影響」に対する助言や支援

令和2年10月12日(月)

 心地よい秋風が抜ける頃となりました。高く澄み切った空に、こころも晴れ晴れとしますね。コロナ禍から半年が経ち、皆さんも生活の中の変化に慣れて、以前より過ごしやすくなっているでしょうか。

 さて、今からちょうど半年前の新しい年度を迎える頃、ゆうたくん(仮名)という年長の男の子がご両親と相談にやって来ました。ゆうたくんは、3歳児健診の時に言葉の育ちが少しゆっくりで、言語聴覚士の先生が行っている相談に月1回通いながら、時々私のところにも来て、ご家庭や幼稚園での様子についてお話しを伺っていました。お母さんの方から「ゆうたが家で言うことを聞かなくて大変なので、すぐにでも心理相談に。」と、ご希望があり来られました。3歳から2年間の育ちの中で、お喋りも増えて、お兄ちゃんらしく振る舞うようになり、幼稚園でもいきいき過ごす様子がみられていたので、突然の相談希望にこちらの方が驚いたほどでした。

 ゆうたくんは、元気いっぱいの様子で部屋に入って来て、走り回っています。ゆうたくんと話をしたかったので、着席するようお願いしましたが、私の声はゆうたくんの耳に届かず、勝手におもちゃを引っ張り出して遊ぼうとしています。困り顔のお母さんは、「こんな調子で誰の声も耳に届かなく、好きなことばかりしていて、それを止めさせようとするとギャーギャー叫びます。」とのことでした。以前のゆうたくんであれば、何も言わなくても着席して、幼稚園や年の離れた1歳の妹の話などをして、話が終わると「○○で、遊んでいいですか。」と許可を求めていましたが、目の前のゆうたくんはまるで別人のようです。ゆうたくんに何が起こったのでしょうか…。

 とりあえず、声が届かないゆうたくんにはそのまま遊んでもらい 、ご両親から最近の様子について詳しく話を伺うことにしました。幼稚園は、年長組に進級した途端に閉園となってしまい、家庭でずっと過ごしていたようです。お母さんは、ゆうたくんを連れて外出することに危機感があったため、家庭で幼稚園と同じ生活リズムで過ごせるよう、頑張っていたそうです。ところが、お母さんが食事の支度をしなければいけないときや、妹さんを寝かしつけないといけないときがあるので、静かに待ってもらうため、スマホの動画を見せていたそうです。初めは、それを終わりにしようとすると、応じていたのに、段々とスマホを渡すことを渋るようになり、泣き叫ぶようになり…という具合で、今に至っていることがわかりました。

 お父さんが帰宅し、泣き叫ぶゆうたくんをうるさがり、スマホを渡すように言われたため、お母さんは渋々応じていました。しかし、ゆうたくんはスマホを見ながら寝るようになって、寝る時間が遅くなったり、朝がすっきりと起きられなくなったり。また、落ち着きのない様子が続き、誰の声も届かなくなってしまったということでした。一緒に相談に来たお父さんは、身体を小さくして「もうこの子がすごい声で泣き叫ぶものだから、近所迷惑になると思って…。」と、気まずそうにしておられました。ゆうたくんに何が起きていたのか、皆さんもおわかりでしょう。

 その後、ご夫婦で話し合い、今後はスマホを貸せないことをゆうたくんに伝え、なるべくゆうたくんの目に触れないよう2人で協力し、休みの日には、お父さんも頑張って釣りや散歩に連れ出すようになったそうです。幼稚園が再開して日常が戻ると、ゆうたくんはスマホの存在も忘れたように、もとのゆうたくんに戻ったとお母さんからご連絡をいただきました。

 このメディアの影響を受けた子どもの行動事例は、コロナ禍における相談内容で最も多く、その影響は現在も続いています。そのことについて、次回詳しくお話ししようと思いますが、皆さんもメディアやSNSといった情報に振り回されていないでしょうか。そのような便利なツールとの付き合い方をも、コロナ禍という状況によって、改めて考え直す必要があることをゆうたくんのご家族に教えてもらった気がします。

2.乳幼児期の子どもをもつ家庭へ、「保育園への行き渋り」に対する助言や支援

令和2年9月17日(木)

コロナ禍の緊急事態宣言が明けた6月中旬頃のことです。

保育園の年中クラスに通う女の子とお母さんが相談にやって来ました。相談の予約を入れる時に保健師が少し事情を伺っていたところ、「娘が保育園に行きたがらなくて困っている。」ということでした。相談室に来た女の子…さくらちゃん(仮名)と言います。さくらちゃんは、おかっぱ頭の利発そうな子で緊張したような、困ったような表情でお母さんの後ろからついて来ました。

まずは、これまでの経過をお母さんからお伺いすると、小学生のお姉ちゃんと1歳の弟がいるきょうだいの真ん中で、さくらちゃんは1歳前から同じ保育園に通っています。これまでの発達は順調で、ほとんど心配したこともなかったそうです。お母さんは普段、フルタイムでお仕事をされており、緊急事態宣言中は在宅勤務になっていたため、自宅で子ども達の世話に明け暮れていたこともお話ししてくださいました。

さくらちゃんの保育園が再開して、初めの週は変わりなく登園していましたが、翌週の月曜から保育園に到着すると激しく泣き叫んで、車から降りようとしないことが続きました。心配した保育園の先生がお迎えに行くと、渋々車から降りて自分のクラスに行くそうですが、その後は何事もなかったように過ごしていると聞いていました。保育園にお迎えに行った時も自宅に帰った後も、特に変わりなく、心配したお母さんが保育園のことを、あれこれさくらちゃんに聞きますが、お友だちとも楽しく遊んでいる様子で、保育園で嫌なことがないのに、また翌朝、激しく泣き叫ぶということでした。

さくらちゃんのこころに何が起こっているのでしょうか…。

さて、お母さんが話をし始めると、その隣でさくらちゃんは口を真一文字に結んで、お母さんの顔をちらちらとうかがっていたため、こちらからいくつか遊びを提案すると「ままごと」にうなずいたので、さくらちゃんとままごとをしながら、お母さんの話を聞いていました。

さくらちゃんがままごとで緊張がほぐれたのを見計って、「お姉ちゃんは学校に行った?」や「弟のお世話はするの?」など、家族のことを聞いていきました。初めは首を振って応えていましたが、徐々に「コロナでお外出られんかったけ…」とコロナ禍での話をしてくれました。もしかして…と思い、「さくらちゃんさ、今日お母さんと2人で保育園お休みして、お出かけ出来て良かったね。」と話しかけると、はっとした表情で私を見てにっこり微笑んでくれました。

さくらちゃんは乳児期から保育園で過ごし、お母さんが忙しいことを理解しながら育ってきたのだと思いますが、このコロナ禍によって家族でゆったり過ごす時間が増えたことが、とても嬉しかったのではないかと思います。その中で、「お母さんを独り占めしたい」という気持ちが芽生えて、それを上手く伝えられず泣いていたのではないか。そのことをお伝えしたところ、お母さんは呆気に取られた表情で「私ですか…」と苦笑いされました。今日こうやって2人きりでお出かけしたついでに、ほかのきょうだいには「秘密」の時間を過ごすようすすめて、2人は手をつないで退室されました。後で保健師が状況を確認したところ、さくらちゃんの行き渋りはぴったりとなくなったそうです。

コロナ禍において、生活環境が大きく変わり、子どもも大人も、目の前の変化に合わせることにエネルギーをたくさん使うようになり、こころに余裕をもたせることが難しくなっているのではないかと感じることが増えています。こころのエネルギーは、見えにくいものですが、「元気や意欲のもととなる安心感や楽しい体験、誰かに認められる体験」で高めることが出来ます。子どもたちのこころのエネルギーの充電は、何より安心する家族と楽しく過ごすこと…そんなことをさくらちゃんに教わったような気がしました。

みなさんのこころのエネルギーは、どこで充電されているのでしょうか。

1.コロナ禍での乳幼児期の子どもをもつ家庭の悩みにおける現状

 

令和2年8月26日

 みなさん、はじめまして。私は、筑豊エリアの保健センターで保健師さんたちとチームを組んで、発達に関する相談や保育所を訪問して子どもたちの育ちを見守る仕事をしていて、日々たくさんの子どもたちとお母さん方に出逢う仕事をしています、田上裕子(たがみ ゆうこ)と申します。

 さて、コロナ禍によって5月の緊急事態宣言から6月の終わり頃まで、私が勤めている保健センターでも乳幼児健診や相談、各子育て教室が順延となり、子育てを始めたばかりの赤ちゃんを連れたお母さんたちが気軽に相談へ行ける場がなくなっていました。また、保育所では、子どもたちが閑散としてしまい、新しいクラスに進級したのに、大好きなお友だちにずっと会えない日々が続いていたようです。

 外で身体を動かして遊ぶことが大好きな子どもたちは家から出られなくなりました。家庭に閉じこもって育児をしているお母さんたちも、この状況下でも仕事を続けなくてはならないお母さんたちも、当たり前の日常がなくなり、ちょっとした心配ごとを話せる場がなくなっていたことは、とても不安な気持ちを抱く方が多くいたのではないでしょうか。

 そして緊急事態宣言が明けて、おそるおそる日常生活が戻って来た頃から、お母さんたちより、「保育所へ激しく行き渋っている。」、「訳もなく家で泣き叫ぶ。」など、今まで見たことのない我が子の行動について、心配ごとの相談が増えてきました。子育ての現場においても新しい生活様式に沿った相談や支援が必要だと感じるようになりました。

 また、大人たちが大きな変化に対応しなければならず、ストレスを抱えやすい状況にあっても、一方で子どもたちは元気でたくましく、大ピンチだと思っていたのに大きな成長をみせてくれたり、思わぬ笑いを運んでくれたり、世の中の癒しとなり、大切なことを教えてくれる存在だとこの状況下だからこそ強く感じています。

 次回から、コロナ禍という普段とは違う環境に戸惑い、泣き叫んだり、身動きがとれなくなってしまったりする子どもたちへの具体的な対応について触れていこうと思います。 

どうぞよろしくお願いいたします。