平成20年3月1日
古い作品ですが、グレゴリー・ベック主演の『アラバマ物語』というアメリカ映画があります。グレゴリー・ベックといえば、『ローマの休日』では、オードりー・ヘップバーンと共演したあの名優です。
『アラバマ物語』では、黒人差別とたたかう弁護士の役をしています。当時の南部で白人が黒人の弁護をするのはたいへんなこと。様々なバッシングの中、彼は、黒人青年の無実を主張します。裁判では、彼の無実は明らかに証明されていきますが、結果は有罪です。厳しい差別が垣間見えます。
この作品は、幼い娘の目を通して、父親像が語られていきます。法廷の場面は、娘も参加しています。この父の姿を彼女はどんな思いで見ていたことでしょう。非攻撃的に理論的に主張を展開していく堂々とした父の姿。正義を貫こうとした父の姿。
誇りある父がそこにいました。
話変わって、晩年の宮沢賢治は、貧しい農民のため自分の体を省みらず、病をおして、田畑の土の研究をしていきます。
そういう賢治を見て母親が「どうして賢さんは、自分のことより、困った人のためにつくすのかねえ。」とぽつりとつぶやくのだそうですが、横で聞いていた賢治の妹は、「何言ってるの、兄さんは母さんがしているとおりのことを、やっているんじゃないの。」と言ったそうです。
「なるほど、この母あって、賢治ありだなあ。」と思います。
子どもの生き方には、親をはじめ大人の姿が大きく影響をあたえます。 しかし、私たち大人は、ややもすれば子どもを変えよう変えようと力みすぎて、肝心の自己を変革することを忘れることがあります。
だから、その戒めに、「親が変われば子どもは変わる」と言う言葉や、「育児は育自、教育は共育」なんていう的を得た言葉があります。
先に生きると書いて「先生」と読みます。だから大人は子どもにとってだれもが「先生」です。先に生きているものとして、楽しいことも、つらいことも、自分の体験したことを未来へ生きる子どもたちへ語りつぎたいものです。
私たちの生き方が最高の生きた教材です。平和を愛すること、差別を憎むこと、他者への思いやりを忘れないこと、いろいろと語りつぎたいものです。
だから、子育ては夢とロマンがあります。
自分の生き方、後ろ姿は子どもに見られていると思えばファイトがわきますね。