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4年前のコラムにも書きましたが、私は手づくりが大好きです。
タイトルの言葉は、帰宅した娘たちが言う言葉です。
料理やお菓子つくりは言うに及ばず、家具や洋服に手芸、庭も耕運機で
花壇の手入れもします。
毎年パンジーやビオラを種から育て、チューリップ150球くらい、他にも
宿根草や多年草の手入れ、30〜40株のバラと大好きな庭です。
ターシャ・テューダーが好きで、娘たちとターシャ・テューダー展も見に行きました。
小学校の家庭科のミシンボランティアにも参加していました。
娘たちの夏休みの工作は手芸で、毎年テーマを決めるのに
私の手仕事部屋で3人でいろいろ選び、製作も楽しい時間です。
そんな彼女たちの手芸をみたお友達が、教えてほしいといってきました。
長期休みに一日手芸教室を開いて、お友達にも教えたところ、
そんなお友達のお母さんが教室をやってみませんか?と声をかけてくださり、
現在は不定期ですが、フェルトでケーキをつくる教室を開いています。
子供たちに作っていた洋服や雑貨のあれこれ、お友達がとても羨ましいと言うのだとか。
作ってほしい、売ってほしい、お店におきませんか?という声をかけていただいたこともあり、
現在3つのお店に置かせていただいています。
パパも色やデザインを指定して、こういうのを作ってといってきますし、
市販の服をリフォームしたがり、あれこれリクエストされます。
身長180センチで100キロ近くあるでっかいパパで、服のサイズもXL。
市販のが、小さかったり大きすぎたりするんですって。
世界に一つがいいんですって(*^-^*)
娘たちのお友達が先日部活の後に8人ほどやってきて、お菓子の作り方を教えてほしいと
急遽スウィーツ教室になりました。
息子たちも自宅にいて、上手に関わって遊んでくれながらの
スウィーツ教室は大変だったけれど、楽しくもあり♪
我が家にはWiiやDSなどのゲームは一個もありません。
でも我が家に来るお友達も娘たちも、ここではいらないというんですね。
息子たちは甘いものが苦手で、長男はチョコレートはにおいも苦手。
クリスマスや家族の誕生日のケーキは20センチくらいのスウィーツを3種類作るけれど、
どれもろうそく消して、デコレーションのフルーツだけ。
そこで、ロールケーキ用に焼いた薄いスポンジを重ね、クリームとフルーツを
はさむ「スポンジでミルフィーユ@フルーツてんこ盛り」を全部自分たちで
一人分ずつデコレーションさせてみたら、搾り出し袋も上手で全部ペロリ♪
おやつもお菓子を食べないので、お団子とかおにぎりとか用意します。
最近は野菜の切れ端をほしがり、私の切れ味の鋭い包丁でみじん切りを
するのが、楽しいのだとか。
ちょっと目を放した隙にカレー用のにんじんがみじん切りになってたことも。
我が家は朝と夜に5合ずつのご飯を炊きます。
これまでもおかずが3〜4種類必要でしたが、部活が終わって帰ってくる娘たちは
2〜3杯のご飯のお代わりとますますおかずをほしがるようになりました。
成長期ですね・・・・
お友達が我が家の鍋をみて、給食みたいと言ってました(笑)
いろんなことをあーでもない、こーでもないと手づくりするのが好きですが
それもこれも子供たちが学校に行っている昼間にすることばかりです。
フェルト教室も子供たちや私のペースを見てから日程など決まるので、不定期なんですね。
お店に置かせていただいているとはいえ、なかなか更新もままならず、待ってもらって
いつでも良いですよといっていただいています。
息子たちは一年を通して、起きる時間寝る時間がほとんど変わりません。
朝は6時前後に起きますし、夜は8時半から9時の間に寝ます。
彼らは睡眠中の発作を持っているので、私も同じ時間に寝ます!!!
主婦が9時には布団に入るって・・・なかなかないですよね(^_^;A
そのために7時には夕食、8時には入浴も済ませるように段取りしています。
睡眠の時間帯と食事の時間を狂わないようにしていれば、排泄や体温調整などが
安定します。
そうすると気持ちや行動も安定しますし、大きく不調になることがないんですね。
そこさえしっかり整えていれば、キャンプもお出かけも大丈夫なのです。
毎日の生活パターンと質を変えないように気を配り、同じ一日なんて二度となく
どの一日も平凡だけれど大切で、そんな毎日を積み重ねて、
いつか「子育て卒業証書」をもらえる日がくるなら・・・
そんなことを改めて思いました。
今回のコラムの内容は4回とも、とても長くなってしまいました。
短いコラムにまとめるにはどれも大切すぎて。
かいつまんで生活の一部をほんのすこし、お話させていただきました。
数年間隔でこうして家族のことをご紹介するのは、とても新鮮ですね。
自分を降りかえる良い機会になりましたし、
改めて沢山のお友達や家族に支えられているなと実感しています。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
(twinxtwin-mama)
投稿者 Kosodate : 09:00 | コメント (6)
息子たちの幼稚園から小学1・2年くらいのころ、知的障がいがあることに
気づいていない保護者の方もいらっしゃいました。
それくらい軽かったということかもしれないけれど、それが逆に彼らの負担にも
なっていました。
お友達が話しかけても、息子たちは話しかけられていると思っていないので、
「なんで無視するの?」「なんでおしゃべりしないの?」・・・とか、
すこし細かく指示してもらえたら理解できるけれど、
時々変わる掃除当番や給食当番などの細かい内容が分からなくて
「サボっている!!」といわれてしまう。
時間割の切り替えをスムーズにできないので、体育の着替えや移動教室に
時間がかかって結局固まってしまう。
3年生になってクラス替えがあり、親学級担任の先生が女の先生から二人とも男の先生、
特別支援のクラスの担任の先生も変わりました。
教科の内容もガラッと変わり、理科や社会も始まりましたが、
渡されたノートは真っ白なままで、その時間じっとただ座っているだけ?
特別な支援が必要な彼らに、十分な支援が届いていない・・・と感じることが多くなりました。
これは気をつけないと、家庭と学校とのボタンのかけ違いが起こるかも・・・
そんな危惧も感じつつ、1学期から2学期へと過ぎていきます。
彼らの言葉や行動、学校での様子をあれれ?と思っていたのは私だけではありませんでした。
去年の夏から秋にかけて新型インフルエンザが猛威を振るい、連日たくさんの保護者が
出入りしていました。
授業参観などの特別でない学校での様子を保護者が見たときに、
子どもたちの素の様子が見えたんでしょうね。
明るくて笑顔いっぱいの彼らのはず、なのに・・・大丈夫?って。
先生方も人ですから、障がいのある子どもへの理解の仕方もそれぞれでしょう。
いろいろ言葉を尽くしてみても、こんなに伝わらないものか・・・と
モヤモヤしていたころ、息子たちが「だって、わからんもん」と言いました。
意思表示が極端に苦手な彼ら、特にマイナスな感情「痛い」や「きつい」や「悲しい」など
は全く言えませんでした。
39度の熱があっても、手の指にホッチキスの針が刺さっていてもいえない。
動作が固まって、表情がこわばっているところから解いていくしかなかったのですが、
そんな彼らが、やっと言えた言葉でした。
お友達と同じように漢字も書きたいと宿題プリントももらい、私となぞり書きをし
持久走も同じ距離を走り、同じように頑張りたいと取り組んできたけれど
3年生になってからのお友達の成長はとても早かったのですね。
自分たちがお友達と同じようにはできないんだ・・・ということを自分たちで感じてしまった。
劣等感やマイナスな感情を抱えて、否定されたり強制されたり怒られているより
あなたたちのやれることはたくさんあって、少しずつでいいからそれでいいんだよって
言えるような環境にしてあげたほうがいいなと、私もパパも同じように思っていました。
小学校入学当時は、息子たちの障がいに対する捉え方が違っていた私たちですが、
パパが仕事の内容を変え、障がいに対してたくさんの専門的なことをつかんでくれたことで
子どもたち4人に対して、これまで以上に濃密で長い時間を子育てにかけているなと
感じています。
特別支援学校に転校することを、娘たちも賛成してくれ、それと同時に自分たちも
頑張るし、4人で頑張るよっていろんなときに話してくれます。
濃密で長い時間をかけている子育て、じゃあ子どもたちがいない時間帯に
私が何をやっているのか!!
ママは今日何をしていたの?と毎日聞かれる私の日常とは?!
次回に続きます(笑)
(twinxtwin-mama)
投稿者 Kosodate : 10:00 | コメント (2)
小学6年生に進級するすこし前、長女が習い事を始めたいといってきました。
やさしく穏やかな彼女が選んだのは「剣道」。
しかも、町内ではなく隣の市。
同じ学校のお友達も二人を除いていない。
彼女は、「○○君のお姉ちゃん」や「双子の○○ちゃん」といった自分を説明する
時にくっついてくる余計なところをのぞいた「自分」と向き合いたかったのかな・・・
かたくなに弟たちや双子の妹が、自分の練習も試合も見にくるのを拒んでいました。
ママには見てほしいけど、妹弟がくるなら来ないでって。
週に3日、夜の練習で親が送迎しなきゃいけないのに、私はペーパードライバー(筋金入りの!)
息子たちの食事とお風呂の時間で、どう頑張っても剣道の親の当番も
引き受けられないからオーケーは出せない。
その道場に二人だけいる同じ学校のお友達が、キャンプにも一緒に行く家族で、
家も近くなので、送迎はするから心配しないでって言ってくれたけれど、
そう簡単にじゃぁおねがい!とは言えないでしょう・・・
何度も長女と話し合い、今でも事あるごとに確認しあいながら
いくつかしっかり約束して「剣道」をはじめることになりました。
そうすると彼女はくすぶっていたものがはがれたのか、担任の先生も
驚くような嬉しい変化がありました。
自分に自信がつき、発言の内容や顔の表情、休み時間の過ごし方など
生活全般にわたって良い変化があったのだとか。
放課後の過ごし方も変わり、短時間で集中して勉強し成績も上がる。
すべてが良い方向に回り始めた・・・という感じでした。
次女はというと・・・・小さいころから思いがあふれる彼女。
良いムードも、悪く冷たいムードも作ってしまう「ムードメーカー」。
良くも悪くも遠慮しないので、はっきり物を言い弟や家族とも衝突しっぱなし。
もう少し要領よくなれんかいな・・・と思うこともしばしば。
これまでは自己主張してくるのは次女!のような雰囲気だったんです。
それがこの長女の変化に一番に反応したのはやっぱり次女でした。
直接長女に対して、ではなく私に対してなんですね。
自信がついて輝いている双子の姉、それに比べて自分はやりたいこともない、
勉強も面白くないし分からないことだらけ、このまま中学生なって大丈夫・・・?
そんなうつうつとした思いを抱えていたようでした。
何かあるとすぐに「私は勉強できんし、馬鹿やけん」って口癖になっていました。
長女が剣道の練習にいっている間はずっと台所の私の横にいたがるんですね。
「ママ、助かった?私がいてよかったやろう♪」って。
エピソードを一つお話ししましょう。
きっかけは忘れましたが、長女と次女がけんかして仲裁にパパが入って
泣きながら話す娘二人と解決するまで数時間。
こういうときは、異性の親がいいと思います。
次女は「ママと家を出て行くから、家族がいなくても良い」・・・・って。
いや・・ママは出て行かんし・・・
このほかにも、週末引きこもりもありました。
娘たちがいつも言います。
「ママが足らない」って。
ママの全部で私を見て、しゃべって、ぎゅーってしてって。
ママの1/4ずつではなく、ママの全部を自分に向けて!!
小学校の卒業式を終えて、昼間時間のある彼女たちと沢山話をしました。
毎日毎日内容は同じことなのに、不安を口にする彼女たちの心にしみこむまでずっと
いろんなことを同じようなことを言い続けました。
「あなたたちは大丈夫よ。パパとママの自慢の大好きな娘たちよ。
あなたたちが毎日頑張っていること、ちゃんと見てるよ。」
「馬鹿じゃないよ。テストで0点でも、良いの。100点もらって
そのテストのことを忘れるより、苦手なところを確認して
しっかり復習できることのほうが大事なんだから。」
二人を交互に抱きしめながら、また二人を一緒に抱きしめながら何度も話しました。
彼女たちは私にこういってくれました。
「こんな大変な4人の子供たちや家族だから、このママなら大丈夫って神様が思って、
ママのところに生まれさせたったい。」
中学生になってすぐに私の身長も追い越してしまったのに、今でも朝起きてきて
ぎゅーってします。
ママからほっぺたをなでられると幸せ〜〜なんですって。
娘たちと恋話もします(笑)
ママの元彼って誰〜〜〜?ですって。モトカレって・・・・(-_-;A
私の反抗期っていつ来るのかな〜〜?とも言っていました(笑)
中学生になってぐんと大人びた娘たち。
どの時代にも難しい中学生という人生の一時期で、有意義な時間を過ごしてほしいと
思っています。
娘たちの中学入学と同時期に特別支援学校への転校をきめた息子たち。
息子たちの明確な意思はないけれども、どうしてそうなったのか。
次回はそこのところをお話しますね。
投稿者 Kosodate : 10:00 | コメント (2)
2006年7月、このコラムに書かせていただいてから、はや4年。
当時小学3年生だった娘たちは、この4月に中学生になりました。
そして5歳だった息子たちは、地元の小学校に入学したあと
この4月に特別支援学校に転校し、元気に4年生!!です。
その後のtwinxtwin家のお話をしますね^^
と言っても・・・簡単にさらっとかけるようなことは一つもありませんでした。
まとまらずに読みにくい文章ですが、毎日試行錯誤して次から次に沸いてくる問題に
立ち向かっている現われなんだろうな〜とあたたかい目で読んでいただけたら、
嬉しいです。
当時、コラムを書いたのが息子たちが入学する準備を始める直前。
そのあとから越えなければならない大きな山がやってきます。
今考えても、コラムを書いてから後の数ヶ月間は試練のときでした。
知的障害のある息子たちですから、訓練施設や児童相談所や地元の小学校や
教育委員会と、何箇所も何度も足を運ばなくてはなりません。
このときにパパと私の、息子たちの障害の捉え方で一致していない部分があることが
判明しました。
それまでのパパは仕事が忙しく、一年を通して週末自宅にいるのは片手で足りる
くらいの日数でした。
夏休みもゴールデンウィークもお盆もお正月もいない。
地域の行事にも子供会行事にも出れない。
幼児期の子供たちには母親だけでも、どうにかこうにかやってこれました。
でも、大事な事をいろいろ話し合って決めていかなきゃならないし、
なにしろ子供たちがパパとの接し方に戸惑っている!!
断然我が家に「父親力」が足りてない!!
「仕事の代わりをする人はたくさんおると・・・父親の代わりはおらんとよ」
私は普段はいろいろ言いませんが、切羽詰まって言った言葉は効いたようです。
数ヵ月後、仕事の内容を変えてくれたパパがいました。
もう一つ、息子たちの入学にあたって気にかけていたことがありました。
娘たちが障害を持つ弟たちも一緒に通学することをどう思うだろうか・・・
障害をもつ兄弟がいる、その状況を変えることはできません。
その状況から受けるマイナスな影響を受け止めるために
やわらかくて強い心を持ってほしいし、前向きな気持ちでいてほしい。
すべてのことからガードするなんて無理だし、そういうつもりはないけれど
からかわれたり、嫌な思いをすること・・・・
そういう思いや涙は母親である私だけで十分だと思っていました。
弟たちは、排泄が確立できていなくて、会話も私の通訳が必要だったころ。
もうすぐ小学校4年生だった娘たちは、二人でぽろっと
「弟たちの着替えやトイレはどうするの?休み時間に私たちが教室にいこうか?」
と話してくれました。
私がうじうじしていたころ、彼女たちは越えていたんですね・・・
いつもママが家の中でしていることを学校では、私たちがするよって。
隠れて泣きました、本当に。
今でもウルウルきちゃいます。
彼女たちにはその気持ちは嬉しいしお願いするかもしれないけれど、
弟たちのケアで必要なことはママが学校に行くし、
あなたたちは自分が楽しいと思って学校に行くことを考えていてって話しました。
本当に本当に嬉しかったですよ(*T▽T*)
そうやって入学して毎朝の集団登校にも一緒に歩き、大波小波はあるものの
それなりに進級し、娘たち6年生、息子たち3年生になりました。
このころから少しずつ、この先は・・・・ってことをそれぞれが考えるようになっていきます。
特に、思春期突入かと思われる娘たち、双子であることにもがいている娘たちなので、
そのバランスをとるのに私もパパも一番心を砕いたところでした。
次回はその娘たちの葛藤と成長をお話しようと思います。
( twinxtwin-mama )