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下の子が産まれると、上の子の赤ちゃん返りに頭を悩ませるお母さんも多いと思います。我が家の小学1年生の長男はただ今、赤ちゃん返り真っ最中。妹2歳の誕生日目前になってのちょっと風変わりな赤ちゃん返り・・・。
普段は娘のことが話の中心になってしまうので、今回は長男のことを書いてみようと思います。
長男は、1歳から託児所に通っていました。企業内託児所なので親同士も仲が良く、まるでたくさんの兄弟の中で育ってきたような環境でした。そのおかげか、社交的で小さい子のお世話が大好きな男の子に育ちました。
ですから、私のお腹に赤ちゃんがやってきたときの喜びようはすごいものがありました。多分、その喜びは主人以上?!そして、お腹の赤ちゃんは「女の子!!」と当ててしまうほどでした。
ところが私が救急車で運ばれてしまったことが、あまりにも鮮烈な記憶として長男に刻み込まれてしまいました。今でも言います。「僕はあのときのこと忘れないよ」って。
出産翌日、前夜のショックよりも「ママと妹に会える!」と長男ははりきって病院にお見舞いに来てくれました。妹を抱っこできると思って・・・当然ですが、それは叶いません。その後、心待ちにしていた妹に会えないという事実をどう心の中で理解してよいのか・・・5歳のお兄ちゃんには辛かったと思います。そして、その悲しい思いをぐっと我慢しなければないけない毎日が始まったのです。
誕生から4ヶ月たった手術の日、ほんの一瞬でしたが「生」の妹に初めて会うことができました。看護師さんのご配慮で、手術室に向かう前にNICUに入る最後の扉ギリギリのところまで保育器を持ってきてくれたのです。お兄ちゃんの「あやちゃん、頑張れ〜!」の声に送られて手術室に向かった娘は、確かに長男の声のするほうに体を向けたのです。兄妹の絆って不思議です。
初めて見た妹は「ちっちゃかった・・・」そうです。ちょうど体重1000gを超えたばかりの妹です。その姿に妹のおかれている状況、大変さを実感として理解したようでした。
そして、その2ヵ月後晴れてNICUを退院。この日は特別に幼稚園をお休みし、みんなで病院にお迎えにいきました。念願の初抱っこです。長男の笑顔は最高に輝き、嬉しさととまどいで、小さな妹をしっかり抱っこしていました。
低出生体重児や病気・障害を持って産まれてきた子供たち。どうしても普通の赤ちゃん以上に気がかりなことばかりの育児です。母親も様々なことに過敏になってしまいがちです。
この子たちにとって、ちょっとした風邪でも命にも関わるほどの重大事です。当然、しばらくの間は幼稚園のお友達は出入り禁止。夏休みも外で思いっきり遊んであげることができませんでした。我慢、我慢、我慢・・・・。でも大好きな妹のためだからと一生懸命耐えてくれました。そんな夏休み、目の状態が悪化し緊急入院・手術。母子入院なので、夏休みの残り半分は妹とも私とも離れてしまわなければいけなくなってしまいました。長男のストレスは相当なものだったと思います。幼稚園の年長さんの時の出来事です。そして、無事に長女も1歳を向かえ、長男は1年生になりました。
学校の長期の休みでも、妹の療育にお休みはありません。週3日はリハビリ、週1日は視能訓練に通うのですが、それにも長男は保護者(?)として、しっかり同行し、リハビリのコツなんかもしっかり覚えて家で実践してくれるほどです。
そんなしっかり者と病院の先生方にも評判のお兄ちゃん・・・。でも、やっぱり心の中ではいろんな葛藤があるものです。
お友達の妹や弟がだんだんハイハイしたり、歩いたりするのを見るようになり、「なぜ、あやちゃんは歩かないの?ハイハイしないの?」と頻繁に聞くようになりました。
そして最後に、「僕、普通の赤ちゃんがよかった」と。
さすがにこの言葉はショックでした。
早く妹と手をつないでお花畑を歩きたい。これがお兄ちゃんの夢なのです。それが、いつになったら叶うのか・・・お友達はみんな、弟や妹と走り回っている。悔しくて悔しくて仕方がなかったのだと思います。
最近、お母さん仲間と話題になるのが、その子の病気や障害のことを兄弟たちにどう理解させていけばよいのかということ。じっと我慢をして子供らしさがなくなっていくのをどうしたらいいのかということ。障害を持つ弟の姉として、その経験を聞かれることもしばしばです。
さすがに私も、なぜ妹が1歳になってもまだ歩かないのか、その理由を小学1年生の息子には説明できませんでした。ただ、「ちょっと早くお腹から出て来たから、今度はゆっくり、のんびりしているのよ。」というのが精一杯でした。当然、納得するわけがありません。
何度もそんなことを繰り返していましたが、結局、産まれてすぐに脳出血をしたこと、そのことで頭からの命令を伝える神経が少しだけ壊れて手足に動けという命令がうまくいかないのだと説明をしました。だから今、リハビリに頑張っているのだということも付け加えて・・・。納得したようでした。子供だからとごまかした説明は通用しないということなのでしょうか。(これは、ある程度の年齢だからということがあると思います)
先にも書きましたが、私は長男をリハビリや病院、盲学校にも連れていきます。
リハビリについて来た初日、自分よりも少しだけ年上の重度心身障害のお兄さんの姿を目にすることがありました。ショックだったようで、しばらくの間、リハビリについていこうとはしませんでした。この春からは市内で行われる障害児者の会にも連れて行き、自閉症やダウン症、肢体不自由の子供たちの中に入れています。もちろん今は、その子たちの障害のことは理解していないと思います。でも、こうやって当たり前に一緒に過ごすことで自然に育まれてくるものがあるはずだと思っています。
そんなことの繰り返しで、いつしか妹の歩かないことを言わなくなりました。
来月2歳を迎える今、運動面での発達の遅れはあるにせよ体の状態はとても安定しています。そのことがお兄ちゃんにも分かるのでしょうね。お兄ちゃんの声に一番良く反応してよく笑うようにもなりました。そんな安心感からか、まるでこの2年間我慢していたものを返上するかのように赤ちゃん返りが始まったのです・・・。20キロを超えた巨大な赤ちゃんの誕生です。
赤ちゃん返りをしても妹にとっては、優しくて頼もしいお兄ちゃん。抱っこして絵本を読んであげたり、ミルクを飲ませたり、お世話もしっかり一人前です。2年前はこんな光景を想像することすらできませんでした。そんな何気ない一日、これがどんなに愛おしいことなのか。大変な思いをしてきたのは決して娘だけではなく、長男も同じように頑張ってきたんだなとつくづく思うのです。
(Nっ子クラブ カンガルーの親子 登山 万佐子)
投稿者 Kosodate : 2008年10月23日 13:20