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これまで、子ども時代から大学に入学するまでのことを書いてきました。
大学入学以降、悩むこと困ることは数あれど、子どもの頃に学校に行かなかったことが理由で困ることはありませんでした。せいぜい給食や修学旅行の思い出の話題についていけないことくらいでしょうか…。
今現在、私は大学院で遊びについての考えをめぐらせています。
私にとって、遊びは生活そのものであり、自分の想いを表現する行為でした。
遊びは、言語がそうであるように、周囲の環境にあるものを自分のものにして、そこに自分の想いを込めて創造していくものなんだと思います。
現代は、子どもが自由に遊べる環境が少なくなってきているようです。それと同時に私は、大人たちが自分たちの楽しみや生活のために何かを実現する姿が、少なくなったり、子どもの生活から見えないものになったりしているのではないかと心配しています。
子どもと一緒に遊ぶわけではなくても、子どもに見えるところで、自分の想いを込めて、自分の楽しみや生活のために、絵を描いたり、本を読んだり、大工をしたり、料理をしたり、農作業をしたり、コンピューターを使ったりする、そんな何気ない大人の存在が、子どもにとってすごく価値があるものだと私は思います。
大人たち自身が想いを込めて実現していることのなかに、遊びの素材は溢れています。それが見えるところにある限り、子どもは自分の想いを表現するために、そこから自分で面白そうな素材を発見していくのではないでしょうか。
家族で農業を営む生活の中で、自分のホゲ娘の生活が広がり、好奇心を深めるために大学に行くようになったように。
私はこれからも、自分の楽しみを自分のペースで深め、広げていきたいと思います。
時にはひとりで、時には仲間と一緒に。
子どもたちの間に紛れながら。
長々と書いてしまいました。至らない表現も多かったと思います。うまく伝わったかどうかわかりません。それでも何かちょっとでも、伝わるところがあれば幸いです。
写真は、私が札幌の大学院にいた時代に関わっていた市民グループの活動の一場面です。チェーンソーで木を切っている大人を、木で遊びながらじーっと見つめる子どもの姿が印象的でした。
ちなみに、私の兄たちは2人とも社会人ですが、私とはやっていることも性格もまるっきり違います。学校行かないとみんなが私みたいなマイペース人間になるとは思わないで下さいね。笑
それでは、一ヶ月の間お付き合い頂き、ありがとうございました!
(野島智司)
投稿者 Kosodate : 2008年08月29日 16:26